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2011年3月

2011年3月31日 (木)

水泳教室

ぽんぷよーずを、期間限定水泳教室に入れてみる。

 ぽんたが現在、バタ足しつつ手でもがくという、泳げそうで泳げない状態にある。
 そこからきちんとした泳ぎにするにも、素人が教えるっつーのは難しい。
 なので、いっちょ状況の打開を狙ってみたのだ。
 で、「おねーちゃんだけズルい!」って絶対に言うヤツもいるので、ついでに。
 因みにそっちは犬掻きを「およげてる!」って言い張ってるレベル。

 泳げるようになる事は人生においても必要だろうなぁと常々思ってはいるのだ。
 が、学校とバレエと亜塾だけで疲れ切っている現状に、スイミングまで入れられるか?という、ぽんぷよーずの体力的な面と、すっと行ける距離にスイミングがないという親の都合で見送られてきた。
 今回は春休みだし、バレエに係らない4回のみの教室という事で、参加してみた。

 という訳で、非常に丁寧に教えて頂いております。
 丁寧過ぎて、見学していたはははうつらうつらしてしまいました(爆)。

 で、バタ足を矯正してもらった後、クロールより先に背泳ぎを教えて貰うそうです。

 そそそそそういうもんなのか?
 ははの皮算用としては、この4回でクロールの形を教えて貰えれば…と思っていたんだが。
 でもまぁ、背泳ぎなら息継ぎしなくても距離を泳げるようになる…のかしらん。

 結局、「次の機会もやるようだなぁ」と思ってしまった、水泳教室、今日が初日。

ドラえもんの体育おもしろ攻略 水泳が楽しくできる (ドラえもんの学習シリーズ)
読めば泳げるようになるものだろうか…無理か。

2011年3月28日 (月)

公平さって?

輪番制でも計画停電でもいいけどさ。

 停電地域を設定するのに差をつけるのは分かる。
 何の役にも立ってないと言いつつ、永田町辺りを停電する訳にはいかんだろうし。
 電車とかだって、なるべく影響のないようにして貰いたい。

 でもさぁ、そういう事を考慮した上で計画停電地域を設定したら、その中は平等に停電してくれてもよくね?
 いや、うち、毎回停電してたんすけど。どの時間帯に当っても。
 真昼間ならまだしも、夕方に停電したりすると、子供三人いると風呂だ夕飯だを停電影響ないように準備しなくてはならないのは結構大変なのよ。

 その一方で、一度も停電していない地域もあるって、それだけは納得いかない。
 いや別に地域の方達を恨んでる訳でなく、東電どうにかせいよ!って喚いていたら、計画停電はいつの間にか終わったでござる。

 精神的限界を超える前で良かったと言うべきなのか…。
 しかしもう、疲れただけだった…。

2011年3月25日 (金)

春休み

今日で小学校が修了。
 3月に入ってから長かったような、短かったような、時間感覚がおかしい。

 そして予定が様々に狂っているので、日付感覚もおかしい。
 今日は先延ばしにされていた、幼稚園の卒園記念ピクニックin近所の公園だったのだが、そもそもの予定であれば、午前中から行って、お昼を皆で食べて帰ってくればいいかなと思っていたのだ。

 それが小学校の修了式=午前授業と重なってしまったものだから、

 ぽんた帰ってくるのを待つ→ぴいきち寝ちゃう→結局家で食事→ぴいきちが起きるのを待つ

 てな具合になってしまい、で、ぴいきちが起きたのが3時前という…。

 一応そこから現地に向かい、それでもおともだちが数名いたからいいようなものの、皆帰った後だったら間違いなくははが恨まれるわな。

 まだまだ浮き足立っている、そんな日々。

2011年3月21日 (月)

見るか読むか

予定は色々狂いまくりだが、それはそれなりに本を読む時間ができたりする訳で。
相棒 season7(上) (朝日文庫)相棒 season7(中) (朝日文庫)
相棒 season7(下) (朝日文庫)

 シーズン7からはとうとう三分冊に。

 まぁ、今だと実際の結果は当然知っている訳だが、これはリアルタイムで見ていた人はドキドキしていたんだろうなぁ。
 そのドキドキが期待なのか不安なのか分からぬままに。
 しかしそっちの謎に引っ張られていて、「相棒」が決まらない3冊目は内容がじみ~な気もする。
 「既に相棒は知っている」立場で「文章で読む」と、話自体の切れ味が鈍いような。

 しかし、そんな偉そうな事を思う自分も、前の登場人物がイマイチ思い出せない(爆)。
 シリーズものは図書館で読むのではなく、ゼロから揃えるべきなのだろうと思ってしまうのであった。
 恨むなら、自分の鶏冠頭(;´д`)

2011年3月17日 (木)

ぷよすけ卒園式

なんとか卒園式。

 朝登園してから、在園児の修了式は昨日行われた事を聞く。
 いつもは同時なのだが、非常時なのでこの措置になったらしい。
 ありゃあ、「おくることば」の子は必死に暗記したんだろうに。
 せめてその子だけでも呼んであげればいいのに。

 さてぷよすけ。
 最後のお務め(?)は立派に果たしたが、副園長から頂いた労いの中で「ぽんたちゃんは~」と言われ、少々腐る。
 ぽんたの頃から知っているおかあさまがた中心に、失笑の嵐であった。

 式の間も揺れたし、「とにかく今日のこの日を迎えられて…」という文句が切実だった、卒園式なのであった。

2011年3月15日 (火)

3人でお教室

今日は本来バレエの日。

 子供のバレエはサークルの方から中止のメールがきたが、大人のバレエ講座の方は何も連絡がない。
 ていうか、今の段階では地区のセンターが主催。
 なのでセンターに聞いてみた。

 今日のバレエは予定通りですか?
 「さぁ、先生から来れないという連絡もありませんけど…」
 さぁって。部屋は問題なく使えるんですか?
 「それは大丈夫ですけど…」

 ほんまに大丈夫かいなと行ってみたら、私ともう一方しか来てませんでした。
 先生いれて3人でストレッチしました。お話弾みました(笑)。
 ていうか、先生が来られるんだったら、子供の方もやっちまえば良かったんではないかと思ってみたり。
 子供のテレビ番組も碌にないし、暇と体力を持て余している子は結構いると思うが。うちのように。

 ところで、幼稚園の卒園式は予定通り行われる事が決定した。
 いやまぁ、良かった。
 あとは無事済んでくれる事を祈るのみ…。

2011年3月14日 (月)

たった三日

とにかく色々な事を考えざるを得なかった、この3日間。

 当日帰って来れなかった相方は、翌朝帰宅。
 電車も本数減らされたものの動いており、まぁ普通に帰ってきました。
 帰宅難民に含まれるのか?この場合。
 根性も体力もない相方なので、歩いて帰ってくる気は最初からなかったらしいです。
 いや、まったくもってそれでいいけど。
 寧ろ「早く帰れ」って追い出しちゃうのは何故なのか、理解に苦しむ。

 しかし一方で、学校には泊まった子も何人かいたそうで。
 「事情がある人優先で帰宅させ、何もない人は体力温存と事故防止の為に会社にいろ」という社会認識にならんものか。

 原発事故の為、ヤシマ作戦も広く実行された訳だが、よく考えたらうちは普段からヤシマ状態だったわ。
 夕食の準備は昼過ぎからで、夕方は風呂だし。
 夕飯食べたら寝るだけにしておかないと、動かなくなる子供達なものでね。
 という訳で、電力が関係なくても、実行すると親が楽だぞ>ヤシマ

 そんな土日を過ごし、本日、小学校も幼稚園も休校( ̄Д ̄;;
 それはやむをえないにしても、嬉々として遊びに行こうとする子供達はどうにかならんものか。
 「人の家入るな、遊び場所は随時連絡」をキツめに言い聞かせたが、なんの為に休校になったのか、ちっとは考えて欲しいような気もする。
 とは言え、この土日は余震も怖くてテレビは常時つけていたのだが、津波の映像ばかりのような状況でもあり。
 遊んでる場合かぁっと言うのは、多分オトナの気持ちだけなんだろうと思う。
 被災された子供達も、今は無理かもしれないけど、遊んで欲しいよ。

 そして目下、はは最大の関心は「幼稚園の卒園式はどうすんの?!」に尽きます…(;´д`)
 そつえんのことば、家で練習させておくべきなのか?
 発表会はギリギリ終わっていたのが、不幸中の幸いだったと言うべきか?
 心配だ…。

2011年3月11日 (金)

そのとき、

はははトイレ掃除をしていた。

 ぷよすけは既にお迎え済み、ぽんたが帰って来ておともだちとどーたらこーたらでと半べそなのを聞いていたら、トイレの電気が消えた。

 あれ?ヲレ今自分で消したっけ?いや、消してないから停電?
 そう思った瞬間、あの揺れが。
 ゆっくりゆっくり、そしてどんどん大きく。
 納戸の本がばさばさと落ち、お風呂の残り湯がたぷんたぷんと波打っているのが聞こえた。
 いつもとは違う揺れに、さすがのぽんぷよぴーずも怖がり、何も言わなかった。

 少し揺れが小さくなったと思って玄関を開けて外に出たのだが、マンションの外側についている廊下の方が揺れが大きく、立つのも大変だったというオチに。

 避難を兼ねて外の公園へ行くと、大人から子供までうじゃうじゃいた。
 学校の先生も来ていて、「学校にいた子は体育館に集合させているので、引き取りお願いします」とふれ回っていた。
 ぽんたのように家に着いていた子や、まだ学校にいた子はいいだろうが、帰宅途中の子は大変だろうなぁ、と胸が痛む。ケガ人とかいませんように。

 携帯を持ち出したのでかけてみるが、予想通り回線が混乱している。
 そうこうしているうちに実家の母と会えたので、ぽんぷよぴーずを頼み、次なる行動に移る。
 即ち買い物。
 電気がいつ復旧するかわからないので、本日の食事+予備としてパンやおにぎりを買っておきたかった。
 スーパーは寧ろ停電で動いていない気がしたので、コンビニへ行く。
 コンビニのレジは非常電源で動くように決められているはず、という朧気な記憶があったのだ。
 頼りない記憶の通りにコンビニのレジは動いていて、取り敢えず弁当は買えたが、パンとおにぎりは殆どなくなっていた。あとお菓子類も。
 電気や水・湯を使わなくても食べられるものは大人気。

 帰り道の信号は消えているが、少し先の国道の信号は点いている事に気づいた。
 これ以上の大惨事は免れたような気がして、少しだけほっとした。

 帰っても、大型マンションでは停電=断水なので、風呂や洗濯は当然できない。
 ぽんぷよぴーずを落ち着かせようにも、テレビもビデオも使えない。
 ツイッターなどで他の状況を確認しようにも、無線LANは切れている。
 鳴呼、現代生活って電気がないとどうしようもないなぁ( ´・ω・`)

 夕食は、蠟燭と懐中電灯の中で取る。
 本来はトイレも流せないのだが、たまたまお風呂の残り湯を抜いていなかったので、何回かに1度、お風呂のお湯を上から流していた。
 子供が三人いると、やはり頻繁にトイレは使うしね。

 唯一使えるメディア:携帯ラジオからは「津波が来るので沿岸の住民は高台に避難してください」と必死の声が響く。

 地震発生から6時間程。8時過ぎ頃に相方の携帯と通話できた。
 取り敢えず無事だが、納戸がすげーよと言ってるうちに大笑いしてしまった。ていうか、笑うしかないじゃん。
 停電中なのに連絡が取れたのは現代ならではかも、と少し思い直した。

 怖がる子供達がようやく寝付いた頃、パァっと通電した。
 その後は家の中を片付けつつ、テレビに見入ってしまう。津波の有様に言葉も出ない。
 そのまま、寝たか寝ていないか微妙な感じ。余震もあったし。

 本日役に立ったモノ:携帯ラジオ、コンビニのレジ、お風呂の残り湯

2011年3月 9日 (水)

僕は負けそうだ

提出した「そつえんのことば」が返ってきた。

 やけっぱちで、400字詰原稿用紙3枚半にして出したら、4枚以上になって返ってきたよ♪

 その上、「原稿を巻紙に写し、答辞としての体裁にしてくれ」とのお達しが。
 しかも練習用と本番用の2通

 まじすか。
 そんな素人の作ったもん、後世に残す気ですか。

 しかし、今更断れる訳もなく。
 体裁を整える方法をごちゃごちゃと考えて、最終的に二案に絞った。

 案其の一:パソコンで打ち込んでプリントアウトしたものを、貼り付けて蛇腹に折る
 案其の二:式辞用に売っている巻紙に手書きする。

 手間として、どっちがましかと言うよりどっちもどっちだ┐(´д`)┌

 結局、カタカナすら怪しい幼稚園児に読ませるからオール平仮名表記だし、改行なども融通がききそうなので、手書きする事に決めた。

 それにしても、年長さん50余名の為の輝かしい未来を彩る卒園式が、ですよ。
 在園中なるべく隅にいる事を心がけていたショボい母親たる自分の双肩のみにかかっているというのは、何と恐ろしい事か。

 重い、重すぎるよー…と思ったら、ははが紙とペンを前に座っているものだから、お絵描きと勘違いしたぴいきちが喜んでのっかってきていたのであった…集中させてくれよ頼むから。

2011年3月 7日 (月)

晴れの舞台?

今日が幼稚園の発表会本番。
 ここ数年平日開催が続いているのは、単に会場の抽選に漏れ続けているのか、それともそういう方針にしちゃったのか。

 今回は裏方を引き受けたので、ははは常に舞台袖で、園児の交通整理に勤しんだ。

 いやぁ、色んな子がいますよやはり。
 一番印象深かったのが、ずっと泣いてた子(笑)。
 クラスでの演奏の時も、グループに分かれてダンスの時も、とにかくずっと泣いている(笑)。
 しかし、それで困るかっつーとそうでもなく(いやまぁ困りはするけどさ、泣き声響くし)、ちゃんと演奏やダンスはちゃんとこなしているのさ泣きながら
 立ち位置だって、チームの誰より把握してたくらいで(大笑)。
 泣く必要ないじゃん!って、手伝いのおかあさん達は皆思ってた(笑)。

 まずは年長さん全体で、メロディオン演奏、合唱、器楽合奏。
 器楽合奏と言いつつ、メロディオン組がいる…?と思ったら、「今年はインフルエンザ大流行の所為でアコーディオン組が練習できなかった」との驚愕情報が。
 んで、アコーディオン組がそのまま普段から使い慣れているメロディオンにスライドした、と。
 ていうか、メロディオン弾いてましたけどね、ぷよすけ。

 さて、ダンス。
 センターぷよすけは最後から2番目の登場。
 緊張しているのか、上下共超ミニ衣装で寒いのか(多分両方)、真っ白い顔をしておったΣ(;・∀・)
 袖にいる特権で、出番直前にも声をかけてみたのだが、バレエの発表会より顔色失ってたぞ。
 それでも踊りはばっちりだったのはさすが。

 元々は「とにかく表に出たくない」と主張する子だったのに、ダンスのセンターを務め、卒園式では代表も任されたんだから、幼稚園の三年間で成長したよなぁ…。

 感慨にふけりつつ、家に帰って父に撮ってもらったビデオを見たら、カメラ酔いしました_| ̄|○
 父~ブレすぎ~。

2011年3月 6日 (日)

久し振りの初めて

子供会でボウリング。
 去年に引き続き、卒業イベントとして定着したかも。

 去年の様子では、ぽんぷよーずは問題なく2ゲームこなせそうだったので、今年は自分もちゃっかり申し込んでみた。

 ●年振りだし、もう投げる感覚すらも全く覚えていなくて、最初はぼちらぼちらとピン数を稼いでいたのだが。

 1ゲーム目の中盤でスペアを出したのを切欠に、エンジンがかかった。
 そのゲームはスペア2つで94点と、当社比若干低めだったのだが、その後はストライクまでたたき出し、2ゲーム目140点越えましたよ。

 生涯初だわ、ストライク5つ取るって。
 しかも最終ゲームは3連続ストライクだぜいえー。

 という訳で、子供達はだらだらと楽しみ、自分はガンガン楽しんでしまったボウリングなのであった。ふはははは。

2011年3月 4日 (金)

そつえんのことば

きょうは、わたしの、おたんじょうびです。

 なのになのに、幼稚園の卒園式における「そつえんのことば」を考えるはめに_| ̄|○

 鳴呼、去年聞いた、「おたくのお嬢さんはとっておくからー」発言は、やはりこの時の為だったのね⊂⌒~⊃。Д。)⊃

 園から出された条件としては、

 ・年少から年長への成長ぶりを
 ・園での行事などの思い出を盛り込んで、
 ・勿論、先生や親への感謝の気持ちも綴り、
 ・年下の子へも一言くらいはアドバイスを送り、
 ・1年生への期待なんかも添えて、
 ・最低、400字詰め原稿用紙3枚を超すように。

 …そこまで決まってるなら、園で定型作っておけばよくね?

 と、副園長に言う訳にもいかないので、自分の手帳や幼稚園のあゆみなど見て行事の記憶を掘り起こしたりの作業に追われている誕生日なのであった。
 いやまぁ、今回は暗記させないで済むだけましだと思う事にしよう…。

2011年3月 3日 (木)

評価いろいろ

小学校は、今年度最後の懇談会。

 新人先生と1年間のお付き合いであった訳だが、周りの方々の評を聞くと、良い悪いよりとにかく「頼りなさそう」と言われ続けていたっぽい。

 でも自分としては、ぽんたの事を結構細かい所まで見てくれていたみたいだし、公平な判断をされているようだったので、夏の個人面談以降はそんなに不安に思わなかった。

 …というのは、先生は恐らく自分と同じような人見知りらしいので、そうするとどうしても、万人から見て「頼り甲斐あるわぁ~」という仕事ぶりを見せられない、というのが分かるのよな(笑)。
 その辺、社交的に出来るおかあさま方と視点が違ったのやもしれぬ(笑)。

 「先生は頼れる人でなくちゃ」というよりは、「どういう性格であれ、きちんと物事を見極めようとする人なら、自然頼れる(部分もある)よね」という考えなので、その点新人先生の「公正さ」はそれなりに頼もしく映った訳です、私には。

 忘れられがちだけれど、世の中色んな人間がいる訳で。
 少しくらい人見知りっぽい先生がいてもいいんじゃないかなぁ、と思う、人見知りははなのであった(爆)。

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